
「写研フォント」という言葉を知っているだろうか。写研とは「写真植字機研究所」という会社の名前であり、DTPの生み出される前の文字のレイアウトや印刷の技術として使われた「写植機」のメーカーである。
(写植機や写研フォント・モリサワフォントなどの詳しい情報は下の参考リンクを見ていただきたい。)
この当時から「フォントは写研」が一般であったようだ。
写研は、創業者である石井茂吉 氏と、森澤信夫氏(今のモリサワというフォントメーカーの創業者)が共同で写植機を開発をした。これに組み込んだ書体こそ、このコラムのポイントの「写研フォント」に当たる。(ちなみにこの後二人は別々の会社を興し、「書体の写研・機械のモリサワ」という2大写植機メーカーの時代を作る)その後、写研の側が「PAVO」(パボ=ラテン語で孔雀の意味)という写植機を出し、写植機の性能と使用するフォントのクオリティーの高さで、写植の業界では写研の独壇場となった。今よく見る文字のほとんどはモリサワ製のフォント。モリサワがここまで大きくなったのは、モリサワフォントをPhotoshopやillustratorでおなじみのアドビ社に提供したからであった。
当時のアドビが(今から約20年前)日本語のフォントとして起用したかったのは写研のフォントだったのだ。それほどまでに(今でもそうだが)写研のフォントは読みやすく、クオリティーが高いのだ。だが、その願いは叶わなかった。何故だろうか?
写研という会社の社是と、自社の写植機の競合といった理由で、写研側はアドビの要求を退けてしまったのだ。今思えば、これこそが未だに写研フォントが容易に使用できない一番の理由だと私は思うのだが。。。
これを機に自社フォントを売り込んだモリサワ社。アドビ社は結局、モリサワフォントを選択したのだ。
10年前ぐらいまではほとんどのメディアで当たり前のように使われていた「写研のフォント」は、このことから、印刷所でもフォントを変えるようになってしまったため、今の文字に「置き換わって」しまう。(写研フォントが主流だったとき、印刷所では写植機が主な機材として使用されており、コンピューターによるDTPといったシステムもまだ浸透していなかったため。その数年後、印刷技術の進化の影響を受け、DTPが使われはじめると、写研フォントがDTPへの参入をしていないため、「写研フォントが使いたくても使えない」状況になり、代わりとしてモリサワフォントが使われることになったのだ)
つまり、それほどまでに写研のフォントのクオリティーの高さは認められているほどに綺麗で、美しいのだ。
実はモリサワのフォントに関して、写研も黙ってはいなかったのだ。
写研の持つ「ゴナ」というフォントとモリサワが持つ「新ゴ」というフォントは、あまりによく似ているため、写研は大阪地方裁判所に訴訟を起こしていたのだ。1993年の、3月のことである。
『モリサワの「新ゴシック体」ファミリーは、写研の「ゴナ」ファミリーを複製 したものであるとして、「新ゴシック体L」と「新ゴシック体U」についての製造・販売の 中止と損害賠償を求めて大阪地方裁判所に提訴したものである。』(JAGAT様のページより一部抜粋)
しかし、結果は写研の望み通りにはならなかったのだ。「新ゴ」と「ゴナ」は異なる書体と判断されたのだ。
・・・1つ思い出したので、書き記したい。
モリサワのフォントが売れ出す原因の1つに、写研の「ゴナ」というフォントとモリサワの「新ゴ」というフォントがあまりによく似ており、当時のデザイナーの考えにより、「ゴナが使えないから、代わりに類似の新ゴを使おう」と考え、それがいつの間にか評判となってしまった、という情報がある。
ちなみに今でも写研のフォントはよく見かける。一番よく見るフォントが丸ゴシックの属性に当たる「ナール」というフォント。道路標識の看板に使われている文字は、ナールなのだ。遠くからでも読みやすく、文字として識別がしやすい、といった理由から、今でもきちんと使用されている。
首都高速や阪神高速の道路標識でも、写研のフォントが使われている。これこそが「ゴナ」というフォントなのだ。(私が一番好きなフォントでもある)
また、雑誌でも時々写研のフォントを見かけるときも少なからずある。印刷所では(大きい会社にありやすいらしい)今でも写植機を使用しており、DTPでは使用できない写研のフォントを写植機を通して使用しているときがある。今なお人気の高さが伺える。
他にも、漫画雑誌でもセリフのフォントは今なお写研のフォントが活躍をしていたり。さらにはNHKやTBSの生放送時の字幕スーパーに使われていたり。(特にニュース系)
個人としての考えなのだが、モリサワフォントに変わって、日も長くなり、出版界の人たちは今のフォントだけに満足をしていないのではないだろうか。元がすばらしいフォントを使っていただけに、出版業界の大半がモリサワフォント等に置き換わっていったものの、最近は写研フォントも少しずつではあるが顔を再び出し始めている、とも取れる。昨今のフォントだけにとどまらず、本当に美しい文字を使いたい、といった「原点回帰」的な願いがこもっているのではないのだろうか。
もしそうならば、私個人も是非歓迎したい。人はみんな、やっぱり「いいもの」が必要だと感じるから。
桂光亮月さんのサイトの中の「書体のはなし」の一文「このデジタル時代において、「本物」を求める事は大切な事だと思うのですが……。」は、首を縦に振り、非常に共感を持てます。
(桂光亮月さんのサイトへはページの下の参考リンクからジャンプできます。写植ファンサイトという名だけあって、内容が濃いのにわかりやすいですよ。)
・・・余談ではあるが、「今どきのフォント」としては大日本スクリーン社より提供されている「ヒラギノ」シリーズのフォントは魅力を感じ、多用している。このサイトのメニューや各画像はほとんどがこのフォントである。このフォントも個人的にも好きな方だ。